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【3.11】東日本大震災から9年。当時の一般人の1日

 

2011年3月11日の東日本大震災から今日で9年。当時の事は今でも覚えている。年々記憶が薄くなっている気がするので、その当時の一般人の1日を記しておこうと思う。

あくまで、東京在住の私の1日になる。ドラマも何もない一般人の記憶だ。

その日は、いつも通りの1日の始まりだった。朝に起き、顔を洗って家を出る。満員電車に揺られ会社に行く。会社に着いても同じだった。同僚と一服しながら談笑し、そして仕事をする。そんな一日だった。

会社の休憩時間に

それが起きたのはちょうど私が昼休みに、コンビニに行くところだった。コンビニに向かう途中に足元がふらついたのだ。めまいかと思った記憶がある。とある飲食店の親父は外で『頭に気を付けろ!』と注意を促しており、女の人の叫び声も聞こえ、わらわらと外に出てくる人が多くいた、路上の電柱もグワングワンと揺れていたしで、地震が起きた当初の事は、今でも鮮明に覚えている。
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厨二病から抜けきらなかった当時の私は、かっこつけてそのままコンビニに行ったのだが、店内はひどい事になっていた。ワインやカップメン等が床に散乱し、酒の匂いが店内を漂っていたのだ。普段は話さない店員と『揺れすごかったですねー、震度6みたいですよ』『この揺れで弁当買いにくるって(笑)』なんて会話をしたりした。電気は止まっていなかったので、そのまま弁当を買い会社に戻った。

会社に着くと、社員全員が外に避難し電話をしていたりしていた。なかなか繋がらなかったが、親と繋がった女性社員は泣いたりと、てんやわんやしていたのだ。普段はあまりしゃべらない人とも情報交換したりした。

そして帰宅の路へ

その後に、当日の業務は途中で終了し、社用車にて家が同じ方向の人間を一気に帰す事になり、私も同乗し最寄りの駅まで送ってもらった。そこでの光景は未だに忘れられない…当然電車は止まっているので、駅に入れない人や、立ち往生している人で、駅前が一面、人だかりだったのだ。私はそこで下ろしてもらい、歩いて家まで帰るのだが、車が止まってドアが開いた時に、『◯◯まで行きたいのですが、乗せてくれませんか?』と訪ねてくる人が多かった。とは言え、次に行く方向が違ったため、乗せるわけにもいかず、断った時の罪悪感を今でも思い出す。

帰宅後

家に着いた私だが、さすがに親戚の事が心配だったので、バイクに乗って見て周った。幸いにも、家が崩れるとかはなかったし、みんなの無事を確認できたので、そのまま親戚の家でニュースを見ていた。

時間は6時過ぎだとと思うが、街が津波にのまれるシーンの映像を見た時の現実感の無さというか、理解の出来ない意味不明な感覚があった事を覚えている。

その日は金曜で、次の日休みだったので、そのまま親戚の家で飯を食べて、スーパーに寄り間食用のお菓子を買い、家に帰った記憶がある。※当日のスーパーはまだ品薄状態とかはなかったはず、後日はひどかったが。

コンビニや、駅前での出来事で、都内の人間は、基本的に他人に無関心だが、本当に危機が訪れた際には、色々コミュニケーションを取るんだと変な感動というか、思いを感じた日だった。