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姦姦蛇螺(かんかんだら)の正体を完全考察|元ネタ・あらすじ・伝承・結界の謎を解説

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ネット怪談を代表する作品として語り継がれてきた「姦姦蛇螺(かんかんだら)」。

森の奥深くに封印された結界、六本腕の異形の巫女、そして代々受け継がれる呪い──。

あまりにも完成度の高い物語から、「実話なのでは」「元ネタが存在するのでは」と現在でも多くの考察が続いている。

この記事では、約15,000文字に及ぶ原作をもとに姦姦蛇螺のあらすじ・伝承・外見や能力をわかりやすく解説するとともに、正体や元ネタ、結界の意味、名前に込められた意味、生き残った理由まで作中の描写をもとに詳しく考察してみた。

※本記事ではまず簡単なあらすじから紹介し、その後に伝承・能力・正体の考察、残された謎の考察の順に解説します。

 

 

姦姦蛇螺(かんかんだら)概要

姦姦蛇螺は、現在は閉鎖されたサイト「ホラーテラー」に投稿された後、オカルト板「洒落怖」に2011年6月に転載されたとされる怖い体験談に登場する怪異。

上半身は左右3本ずつ、計6本の腕を持つ女性の姿で下半身は蛇の姿をしており、封印を破った者の前に現れ命を奪うとされている。

彼女はもとは人間で、特別な一族の巫女だったが、自ら守ろうとした人間に裏切られ大蛇の生贄として捧げられてしまう。その後、自分を食べた大蛇と同化、あるいは大蛇の力を取り込み、自らを裏切った人間たちを襲った。

そして当時生き残った人間により封印され、現在まで脈々と封印術は継承されていった。

のだが、そんなこととは露知らず、投稿主たちは彼女の封印を解いてしまい…。

姦姦蛇螺(かんかんだら)の物語【簡略版】

ここでは、怪談「姦姦蛇螺」の文字数約15,000文字という膨大な原作のあらすじを簡単にまとめています。

フルバージョンを楽しみたい方は以下のリンクを参照ください。

グレて怖い者知らずだった投稿主と友人A・Bの2人は、BとBの父親の親子喧嘩を発端にした「地元の森の中にある立ち入り禁止区域」に行ってみろという挑発に乗せられ、3人は深夜に森へと向かった。

森の奥には、無数の鈴や注連縄で囲まれた異様な結界があり、そのさらに奥には六角形の結界と謎の箱が祀られていた。

箱の中には4つの壺と、巫女を表す特殊な形に並べられた6本の棒が納められていたが、Bが誤ってその棒の形を崩してしまう。

直後、鈴が激しく鳴り響き、木陰から異様な女が姿を現す。女は下半身がなく、六本の腕を持ち、不気味な笑みを浮かべながら3人を追い始めた。

713 :姦姦蛇螺(7/20):2011/06/26(日) 13:46:03.43 ID:0WuN67Vj0

オレ「なんだこれ?爪楊枝か?」

A「おい、ペットボトルみてえなの中に何か入ってるぜ。気持ちわりいな。」

B「ここまで来てペットボトルと爪楊枝かよ。意味わかんねえ。」

オレとAはペットボトルみたいな壺を少し触ってみたぐらいだったが、Bは手に取って匂いを嗅いだりした。

元に戻すと今度は/\/\>を触ろうと手を伸ばす。

ところが、汗をかいていたのか指先に一瞬くっつき、そのせいで離すときに形がずれてしまった。

その一瞬

チリンチリリン!!チリンチリン!!

オレ達が来た方とは反対、六角形地点のさらに奧にうっすらと見えている柵の方から、物凄い勢いで鈴の音が鳴った。さすがに三人ともうわっと声を上げてビビり、一斉に顔を見合わせた。

B「誰だちくしょう!ふざけんなよ!」

Bはその方向へ走りだした。

オレ「バカ、そっち行くな!」

A「おいB!やばいって!」

慌てて後を追おうと身構えると、Bは突然立ち止まり、前方に懐中電灯を向けたまま動かなくなった。

「何だよ、フリかよ?」とオレとAがホッとして急いで近付いてくと、Bの体が小刻みに震えだした。

「お、おい、どうした…?」言いながら無意識に照らされた先を見た。

Bの懐中電灯は、立ち並ぶ木々の中の一本、その根元のあたりを照らしていた。

その陰から、女の顔がこちらを覗いていた。

ひょこっと顔半分だけ出して、眩しがる様子もなくオレ達を眺めていた。

上下の歯をむき出しにするようにい?っと口を開け、目は据わっていた。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

命からがら森を抜け出し自宅へと帰ったものの、棒を動かしたBだけが両手両足が原因不明の激痛に襲われてしまう。

後日、巫女の一族を名乗る者たちから、その怪異の正体が「姦姦蛇螺(かんかんだら)」と呼ばれる古い怨霊であること、森の結界はその存在を封じるための祭祀だったことを知らされる。

幸い投稿主たちは本来の完全な姿(下半身)を見ていなかったため命は助かったが、Bは長期間にわたり一族へ預けられ除霊と保護を受けることになった。

あれ以来、投稿主たちはBに会わせてもらっていないのだ。

そして事件から約1年が経った頃には、あの結界は別の場所に移されたようだ。

いまだにBとは再会できていないが、今では更生しどこかで生活しているらしい。

 

姦姦蛇螺に伝わる伝承

作中で語られた姦姦蛇螺の伝承は、非常に古い時代の悲劇が始まりとされている。

昔、ある村では人を喰らう巨大な蛇(山や森の神とされる存在)が人々を苦しめていた。

そこで村人は、神の子として様々な力を代々受け継ぐ巫女の一族に討伐を依頼した。

まもなくして現れたのは、一族でも特別に力の強い1人の巫女だった。

しかし巫女は戦いの途中で大蛇に下半身を喰われ、それでも村人を守ろうと最後まで戦い続けた。

ところが村人たちは巫女を見捨て、大蛇と取引をする。

「巫女を生贄にする代わりに村を襲わないでほしい」

さらに村人は大蛇が喰べやすいよう、巫女の両腕を切り落とし、生きたまま差し出してしまった。

そして悍ましいことに、この惨劇は巫女の優秀な力に嫉妬した彼女の家族が村人を誑かして起きた計画的なものであったことが後に判明する。

その後、巫女を喰った大蛇は姿を消したが、今度は村で不可解な連続死が発生する。

それは巫女の家族、巫女の腕を切り落とした者に始まり最終的に18人が命を落とした。

犠牲者は皆、腕を失っており、村で生き残ったのはわずか4名だったという。

周辺の人々は、そのことを巫女の怨念だと恐れ慄いた。

生き残った4人は巫女を鎮めるため独自の儀式を考案し、それが現代まで受け継がれる「六角形の結界」「六本の棒」「四つの壺」を用いた祭祀になったと伝えられている。

この伝承の真偽は不明だが、管理者や巫女の一族は実際の出来事として代々伝承している。

姦姦蛇螺の外見・特徴・能力

👁️ 外見・姿

項目 特徴
姿 女性の姿をしているが、下半身は存在しない。大蛇に食われた姿で現れるとされる。
身体 左右3本ずつ、合計6本の腕を持つ異形の姿。
移動方法 上半身だけの状態で、柵や木を蜘蛛のように這いながら移動する。
表情 歯をむき出しにした不気味な笑顔、または無表情で据わった目をしている。
目撃された姿 主人公たちが遭遇したのは「巫女としての姿」とされ、本来の姦姦蛇螺はさらに恐ろしい完全な姿を持つと伝えられている。

☠️ 能力・性質

  • 人間の行動を執拗に監視する。
  • 森へ侵入した者の動きに合わせ、少しずつ距離を縮めてくる。
  • 出現時には不気味な鈴の音を伴う。
  • 封印された区域の内部に留まる性質を持つ。
  • 封印が崩されなければ、基本的には姿を現さない。
  • 巫女を象徴する六本の棒の形を崩すことで出現するとされる。
  • 完全な姿を目撃した者は助からないと語られている。
  • 強力な霊能力者であっても、祓うことは極めて困難とされる。
  • 過去に祓った者も、数年以内に死亡したという伝承が残っている。

⛩️ 呼び名・名称

姦姦蛇螺には地域や家系によって複数の呼び方が存在するとされる。

名称 読み
姦姦蛇螺 かんかんじゃら(原文表記)
姦姦唾螺 かんかんだら(原文表記)
姦姦蛇螺 かんかんだら(現在一般的な読み)
生離蛇螺 なりじゃら
生離唾螺 なりだら
だら 略称

現在では「だら」または「かんかんだら」と呼ばれることが多いとされている。

また、原文では『姦姦蛇螺(かんかんじゃら)』だが、現在一般的には『姦姦蛇螺(かんかんだら)』として知られている。

 

姦姦蛇螺に関するよくある疑問【Q&A】

Q. 姦姦蛇螺は実話?

現在のところ、実話であることを裏付ける資料は確認されておらず、ネット怪談として創作された可能性が高い。

ただし、日本の蛇神信仰や祟り神信仰を思わせる要素が多く、実在の伝承のような雰囲気を持つ作品として人気が高い。

Q. 作者は誰?

初出とされる「ホラーテラー」は現在閉鎖されており、投稿者や作者の詳細は不明。

Q. 元ネタは存在する?

明確な元ネタは確認されていない。

だが、ギリシャ神話のラミア、日本神話の八岐大蛇伝説、蛇神信仰、祟り神信仰などと共通する要素が多く、複数の伝承を参考に創作された可能性がある。

Q. モデルになった神話は?

明確なモデルは不明。ラミア伝承、八岐大蛇伝説、祟り神、蛇神信仰など複数の要素が影響していると考えられる。

特に「悪い子を戒める怪物」というラミアの性質や、「大蛇による死と再生」「荒ぶる神を鎮める」という日本の信仰的な要素は、姦姦蛇螺の物語と似た共通点を持っている。

Q. なぜ六本腕なのか?

作中では六本腕である理由は明かされておらず不明。

仏教では阿修羅や如意輪観音など六本腕の尊像が存在することから、姦姦蛇螺の神格的な存在感を表現したデザインとも考察できる。

また、村人に腕を切られたという伝承から、彼女の家族や裏切りを象徴する意味が込められている可能性もある。

Q. なぜ投稿主たちは助かった?

作中では「完全な姿(下半身)を見なかったため」と説明される。

では、なぜ下半身を見ずに済んだのか。1つの仮説として、投稿主たちが全員中学生(子ども)だったことが挙げられる。

これも作中に記述のない独自の仮説だが、かつて生き残った4人の村人も、実は「罪を犯した(裏切った)大人」ではなかったからではないか、とも考察される。

姦姦蛇螺の正体とは?【考察】

姦姦蛇螺の正体について、作中では「村のために生贄にされた巫女の怨念」と語られている。

しかし、なぜ一人の女性の怨霊が、上半身は女性、下半身は大蛇という異形の姿になったのだろうか。

また、なぜ村人たちは退治するのではなく、長い年月にわたって封印という形で恐れ続けていたのか。

ここでは、ネット上で語られている代表的な考察や独自視点での考察をまとめてみた。

説① 大蛇と融合した巫女の神格化説

最も有力な考察のひとつが、姦姦蛇螺は「大蛇に食われた巫女の怨念が、大蛇そのものを取り込んだ(または融合した)存在」という説だ。

物語では、巫女は村を守るための存在でしたが、大蛇への生贄にされてしまう。

普通であれば、巫女の魂はその場に残り怨霊になると考えられるが、姦姦蛇螺の場合、巫女の身体は大蛇に飲み込まれたことで、蛇の肉体と強く結びついてしまったと考察できる。

というのも、作中では「現れた存在は巫女本人ではあるが、本来の怪異としての姦姦蛇螺ではない」しかし巫女と姦姦蛇螺は同一の存在でもあることも示唆されている。

葵「巫女本人である事には変わりありません。ですが、かんかんだらではないのです。あなた方の命を奪う意志がなかったのでしょうね。

かんかんだらではなく、巫女として現われた。その夜の事は、彼女にとってはお遊戯だったのでしょう。」

巫女とかんかんだらは同一の存在であり、別々の存在でもある…?という事らしい。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

さらに蛇は特別な存在として信仰されてきた歴史がある。

特定の日に集まってた巫女さんは相談役になった家の人。かんかんだらは、危険だと重々認識されていながらある種の神に似た存在にされてる。

大蛇が山だか森だかの神だったらしい。それで年に一回、神楽を舞ったり祝詞を奏上したりするんだと。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

作中でも大蛇については森の神として祀られていたことがわかっている。

つまり姦姦蛇螺とは、

「大蛇に殺された巫女の怨念が、逆に大蛇を支配し(または融合し)生まれた神格化した怪異」

なのではないだろうか。

この説では、蛇の下半身こそが巫女の苦しみや憎悪が染み込んだ部分であり、だからこそ見るだけで呪われるほどの力を持つのではないかと。

だからこそ、逆に巫女の面影が残る上半身部分だけであれば、大丈夫だったのではないだろうか。

 

説② ギリシャ神話をモチーフとした創作説

ギリシャ神話では、姦姦蛇螺に非常に似た姿の怪物「ラミア」が登場する。

彼女は上半身が女性、下半身が蛇という姿で描かれることが多い。

この特徴だけを見ると世界中の蛇女伝承によく見られる設定であり、偶然の一致とも考えられる。

しかし姦姦蛇螺との共通点は、それだけではない。

ラミアは、悪い子どもをさらう怪物として語られる一方、ギリシャでは親が子どもを戒めるために「悪いことをするとラミアが来る」と言い聞かせる存在でもあった。

一方、姦姦蛇螺も物語全体を見ると、不良だった投稿主たちが恐怖体験を経て更生していく構成になっている。

このように悪い子(不良の投稿主たち)がラミア(姦姦蛇螺)に躾けられるという物語の大筋が、非常に似ていると感じないだろうか?

この家の決まりだそうで、Bには会わせてもらえず、どんな事をしたのかもわからなかった。転校扱いだったのか在籍してたのかは知らんが、これ以来一度も見てない。

まぁ死んだとか言うことはなく、すっかり更正して今はちゃんとどこかで生活してるそうだ。

オレとAもわりとすぐ落ち着いた。理由はいろいろあったが、一番大きかったのはやっぱりBのお母さんの姿だった。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

作中では恐ろしい伝承が語られるものの、投稿主やA、B、その家族が村人たちのように次々と命を落とすことはない。

むしろBは保護され、投稿主たちも更生し、それぞれ日常へ戻っている。

つまり姦姦蛇螺は、「恐ろしい怪異」の物語であると同時に、「悪い行いをした若者が恐怖を経験し、更生する」という教訓譚としても読むことができる。

こうした構成は、子どもを戒める存在として語られてきたラミアの役割とも重なる。

もちろん、これだけでラミアが直接の元ネタと断定することはできない。

姦姦蛇螺は、日本古来の蛇神信仰や巫女伝承に、ラミアのような海外神話のモチーフを組み合わせて創作された怪談だったのではないかという説だ。

説③ 日本に伝わる神話や蛇神信仰・祟り神をもとにした創作説

日本では古くから蛇は恐怖の対象である一方、水神や山の神、神の使いとして各地で信仰されてきた。また、脱皮を繰り返す姿から「死と再生」の象徴とも考えられている。

日本神話にも、毎年生贄を求める怪物「八岐大蛇」が登場する。スサノオは老夫婦の娘を救うため大蛇を討伐し、その尾から草薙剣を得たという伝説はよく知られている。

人を食らう大蛇に悩まされていたある村の村人達は、神の子として様々な力を代々受け継いでいたある巫女の家に退治を依頼した。

依頼を受けたその家は、特に力の強かった一人の巫女を大蛇討伐に向かわせる。

村人達が陰から見守る中、巫女は大蛇を退治すべく懸命に立ち向かった。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

姦姦蛇螺の伝承にも、「大蛇に苦しめられる村」「村人を救うため戦う巫女」という共通点が見られ、しかし、結末は異なる。スサノオは勝利するのに対し、巫女は人々に裏切られ、生贄として大蛇に喰べられてしまっている。

さらに作中では、村人たちは姦姦蛇螺を退治するのではなく、代々封印し、神楽や祝詞を捧げて鎮め続けている。これは日本各地に見られる「祟り神」の信仰ともよく似ている。強い怨念を持つ存在は、力ずくで滅ぼすのではなく、神として祀ることで荒ぶる魂を鎮めようとする考え方である。

こうして見ると、姦姦蛇螺は蛇神信仰、八岐大蛇伝説、そして祟り神信仰といった日本古来の宗教観や神話を巧みに組み合わせて生み出された創作怪異だった可能性がある。

特に興味深いのは、「英雄が怪物を倒す」という日本神話の王道を、「英雄が人間に裏切られ、怪異として蘇る」という悲劇へ反転させている点だ。

村人を救うため大蛇と戦いながら、人々の裏切りによって命を落とした巫女。彼女は強い怨念によって祟り神として再生し、人々はその怒りを鎮めるため代々儀式を受け継いできた。しかし、その意味を知らない投稿主たちが結界を崩してしまったことで長年封じられていた怪異は再び姿を現した。

このように考えると姦姦蛇螺とは、日本神話における「英雄譚」の結末を逆転させ、日本人が古くから抱いてきた「蛇への畏怖」と「祟り神への信仰」を融合させることで生まれた怪異だったのではないだろうか。

日本人にとって馴染み深い蛇神信仰や祟り神、巫女伝承といった要素を巧みに取り入れていたからこそ、創作でありながらどこか実在の伝承のようなリアリティを生み、多くの読者に受け入れられたのかもしれない。

姦姦蛇螺に元ネタは存在するのか?

現在、特定の伝承や事件を元にした明確な証拠は存在していない。

そのため、姦姦蛇螺の元ネタについては不明だが、上記で記述したラミアの伝承や日本神話に近い部分があることから、複数のモチーフの影が見える。

もしかしたら、物語の構成全体はラミアの伝承を、過去の伝承については日本神話や祟り神、蛇神信仰などを組み入れて創作されたのかもしれない。

 

姦姦蛇螺の謎を考察|結界・名前・投稿主が生き残った理由

姦姦蛇螺の結界の意味

特定の六本の木に注連縄が張られ、その六本の木を六本の縄で括り、六角形の空間がつくられていた。

中央に賽銭箱みたいなのがポツンと置いてあった。

箱の中には四隅にペットボトルのような形の壺?が置かれてて、その中には何か液体が入ってた。

箱の中央に、先端が赤く塗られた五センチぐらいの楊枝みたいなのが、変な形で置かれてた。

「/\/\>」

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

葵「基本的に、山もしくは森に移されます。御覧になられたと思いますが、六本の木と六本の縄は村人達を、六本の棒は巫女の家族を、四隅に置かれた壺は生き残られた四人を表しています。

そして、六本の棒が成している形こそが、巫女を表しているのです。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

場所が山または森に限定されるのは、蛇が基本的に山の神として祀られているからだろう。

そして6本の縄による空間が六芒星ではなく六角形なのは、六角形が数学・精神世界・宗教的象徴のいずれにおいても「調和・統合・安定のシンボル」として扱われていたから彼女の魂を鎮めることや、人の世との調和を目的とした可能性が高い。

また、箱の中にある6本の棒(巫女を裏切った家族6人を表す)が成す「/\/\>」という形は、「/\/\」が下半身の蛇の部分、「>」が頭部など、巫女の姿を表しているようにも見える。

この儀式の意味は、人間への強い恨みにより蛇神と同化した巫女の統合、そして彼女の恨みの感情の安定、人の世で人知れず存在していく調和を目指した鎮魂の封印だったのではないだろうか。

姦姦蛇螺の正体を漢字の意味から考察

俗称は「生離蛇螺」/「生離唾螺」

古くは「姦姦蛇螺」/「姦姦唾螺」

なりじゃら、なりだら、かんかんじゃら、かんかんだらなど、知っている人の年代や家柄によって呼び方はいろいろあるらしい。

現在では一番多い呼び方は単に「だら」、おっさん達みたいな特殊な家柄では「かんかんだら」の呼び方が使われるらしい。

もはや神話や伝説に近い話。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)

作中での彼女は様々な呼び方をされている。

ここでは、彼女の呼び名そのものに焦点を当てて、名前に隠された意味を考察していく。

蛇螺の意味

蛇菰(じゃこ)や蛇蝎(だかつ)といった蛇の字のつく単語は「気味の悪さ」「毒」「忌み」のイメージを帯びた語として使われることが多い。

螺の字は、単体で巻貝一般やその渦巻き状の形を意味している。

巫女のいくつかの呼び名に共通する「蛇螺」の字は、蜷局を巻く蛇の姿への忌避感から付けられた名前なのかもしれない。

唾螺の意味

もうひとつの呼び名に共通する『唾螺』は『つばら』の当て字とも考えられ、『十分に』『心ゆくまで』という古語の意味を重ねた表記なのかもしれない。この解釈に当てはめるなら、「唾螺」は彼女の恨みが「十分に」「心ゆくまで」続くことを暗示した呼び名なのかもしれない。

ただし「唾する」のように単体で使用する場合、相手を見下す・軽蔑する意味も持つ。

姦の意味

現在では単独で使われることは少なく、多くは熟語の一部として用いられ、他の漢字と組み合わせて使う場合が多い。

意味として、不義や邪悪な行いを表す意味が多く、他に「乱れる」「秩序を乱す」というニュアンスもある。

姦姦蛇螺の場合、この「姦」は村人たちの不義や、大蛇と交わした邪な契約を指しているのかもしれない。

生離の意味

こちらの意味は文字通り「生きながら別れる」こと。

巫女が生きながら大蛇に喰べられ世と別れた境遇、または蛇と同化し怪異となったことによる俗世からの乖離を想起させる。

漢字から読み解く姦姦蛇螺(かんかんだら)

このように、「姦姦蛇螺」をはじめとする彼女の呼び名には、それぞれ巫女や村人たちの行いや心情が反映されているように思える。

村人たちは自らの行いを不義・邪なものとどこかで認識し、その罪を彼女へ投影するように、忌み、見下し、軽蔑する呼び名を与えたのかもしれない。

生きながら大蛇に食われ、怪異となって俗世と別れた巫女──それが「生離蛇螺」。

また、「生離唾螺」は、その恨みが心ゆくまで、螺旋のように終わることなく続いていく存在であることを表しているのかもしれない。

一方で、「姦姦蛇螺」は彼女を裏切った村人たちの不義や邪な行いが、渦のように末代まで禍根を残すことを意味し、「姦姦唾螺」はその罪がいつまでも消えないことを示しているとも考えられる。

「生離」は巫女自身の悲劇を表す呼び名である一方、「姦姦」は巫女を犠牲にした人間側の罪を忘れないための呼称とも考えられる。

葵やその伯父の巫女の一族があえて『姦姦』と呼ぶのは、彼女を怪物としてではなく、裏切られた被害者として見ているからなのかもしれない。

同じ怪異を指す名前であっても、どの呼び名を使うかによって、その人物が誰の立場から姦姦蛇螺を見ているのかが表れているのかもしれない。

 

投稿主たちはなぜ生き残れたのか

前述した考察では、大蛇に喰われた巫女は怨念だけの存在ではなく、大蛇と融合した神格的な怪異になった可能性を紹介した。

では、なぜ投稿主たちは伝承通りに「完全な姿」を見ずに済んだのだろうか。

作中では、棒を動かした時点で巫女の全身を見ることになり、助かる者はいないと説明されている。

伯父「実際には棒を動かした時点で終わりだ。必然的に巫女の姿を見ちまう事になるからな。」

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)【名作】

しかし実際には、投稿主たちが見たのは六本腕の上半身だけだった。

この出来事を「たまたま運が良かった」と考えることもできるが、作中には気になる共通点がある。

それは、投稿主たちが全員まだ中学生だったという点だ。

一方、姦姦蛇螺の伝承では、村はほぼ壊滅しながらも最後に4人だけが生き残り、その4人が現在まで続く封印の儀式を始めたとされている。

その4人について年齢は一切語られていない。

しかし、もし彼らも当時まだ幼い子どもだったとしたらどうだろうか。

大人たちは巫女を裏切り、生贄に差し出した当事者だった。

それに対し、子どもたちはその罪に直接関わっていない。

姦姦蛇螺は村そのものを憎んでいたとしても、罪を犯していない子どもだけは完全には裁けなかったのかもしれない。

だからこそ、本来であれば下半身を含めた全身で現れるところ、残された人としての巫女の部分で現れたのかもしれない。

かんかんだらではなく、巫女として現われた。その夜の事は、彼女にとってはお遊戯だったのでしょう。

引用元:【洒落怖殿堂入り】姦姦蛇螺(かんかんだら)【名作】

お遊戯、まるで悪戯をした子どもをちょっと驚かしてやったかのように。

もちろん作中でそのような説明は一切ない。

しかし、語られている事実だけを見ると、「なぜ伝承の生き残りは4人だったのか」「なぜ投稿主たちだけが完全な姿を見なかったのか」という二つの謎を、ひとつの仮説で説明できる数少ない考察とも言えるだろう。

姦姦蛇螺は単なるネット怪談ではなく、日本古来の蛇神信仰や巫女伝承を巧みに取り入れた完成度の高い創作怪談である可能性が高い。

しかし作中には説明されない謎も数多く残されており、それこそが20年近く語り継がれてきた最大の理由なのだろう。

以上が怖い都市伝説「姦姦蛇螺」の考察でした。その他の怖い都市伝説はコチラ。